2010/03/23

『決弾』を読んだので…

前回ポストした『ウェブ進化論』の前に読んだので順番が逆になってしまいましたが,忘れないうちに.

電車の中でなんか読むかーと思って,本屋で見つけて購入.なんか,気軽に読めそうだったので.

小飼 弾, 山路 達也『決弾 最適解を見つける思考の技術』 目次:
  • 00 決弾 Determination
  • 01 男女 Affection
  • 02 親交 Communication
  • 03 楽習 Education
  • 04 仕事 Occupation
  • 05 育児 Cultivation
  • 06 人生 From conception to termination
  • ADDITION 対弾 v.s. 勝間和代
  • CONCLUSION
  • 書棚 Information
 まずは見出しの統一感にご注目!
漢字2文字で揃えるのはもちろん,横文字によるサブタイトルもすべて「ion」で終わる名詞で統一.
美しいですねー.

「決弾」とは著者である小飼弾だったらこう決断する,というような意味.
目次にあるジャンルごとに「こんな時どうしたらいいんですか?」という質問に著者(小飼弾)が答えるQ&A形式になっています.
副題が「最適解を見つける思考の技術」とありますが,HowToみたいなテクニックを教える本とは違いますね.

自分としては,例の中から「プライオリティ」を説く一冊と理解.
決断するのに悩むということは何らかの間で板ばさみになっているわけで(たとえば恋人と親友とか),あなたにとって大事なのはなんなの?と自己に問い掛けさせるための例示集なんだと思った.
著者は最後のQ&Aにおいて「残念ながら、命の重さは平等ではありません。(中略)余命が長い人の命ほど、重いのです。」と命の選択にすら優先順位があると説く.
これには自分も激しく同意.

しかし最後に著者はCONCLUSIONで次のようにして結ぶ:
 僕が知らない状態の中で、最も知らないのは、あなたがどうなる、ということではなく、あなたがどうしたいか、ということ。決断の価値を決めるのは、どうなるという予測ではなく、どうしたいという欲求なのです。
「決弾」は、僕が書きました。

 ここから先は、あなたの決断です。
これはもちろん,小飼弾ならこうだけどあなたは違うほうを選んでも構いませんよ,という意味合いを含んでいる.
それこそ,あえて優先順位をつけない生き方を選ぶという選択肢だってありうるということを示唆しているように思える.そう,自分がそうしたいのなら.
そんな選択の先には,それこそ,長編ドラマが撮りおろせちゃうくらいのアツイ人生が待っているかもしれない.
なんとも懐が深い話ではありませんか.

で,そんな本筋とはまったく関係なく,実のところ,本書で自分が一番印象に残ったのは,著者と勝間氏の対談における著者(小飼弾)の一言:
いい本なら「私を読んで」という声があとで聞こえてきます。これは本当ですよ。
ですよねー.と思った.

自分の場合は漫画だったけど,ある時期,くだらないものからメジャーなものまで,年間600冊以上の漫画を読みまくっていた時期があって,そのときには独特の感覚があった.
本屋に行って(ほぼ毎日ですね),「さーて今日はどいつを読んでやろうかなー」と何を見るでもなくキョロキョロしながら書棚の間を歩き回っていると,突然吸いよせられるように1冊の本が気になりはじめるんだよね.
もちろん,平積みのほうではなくて書棚に並んでる中から.
で,「そうかそうか,今日はおまえか」と,それを手にとってレジに持っていくわけ.
そうやって出会って,いまだにお気に入りでいる作品や漫画家は多い.

だから自分は,八百万の神はいると思ってる.だって,本の神様(精霊)は現にいるし(ぉぉ
このネタで中二的なラノベが一本書けるんじゃないか,とか本気で思ったりもする.

かなりアブないヤツみたいだが(実際そうなんだが),これはいわゆる「刑事のカン」っていうのと同じことなんだと思う.
著者と同じく多読家である勝間氏の言を引用しよう:
 率直に言えば、目利きになるのに必要なのは知識です。「何とか出版」の「何とかさん」が「何とか」について書いているのだから、まあ大丈夫だろうという確率論と言えます。愚直に数を当たって、自分の中のデータベースを充実させれば、当たりの本に出会う確率も高くなるでしょう。
人間の脳ってのは不思議なもんで,こんなふうにして積み上げられた有形・無形の知識が,無意識のうちに織り上げられて,無意識から意識に情報をインプットしてくれるようになるんじゃなかろうかと推測している.
だから小飼氏の「聞こえてくる」という表現は,かなり正鵠を射ているように思うのだ.
確かに,実際の聴覚とは異なる.
しかし,自分の意識をコンピュータ上のOSにたとえるなら,ある種の仮想デバイスからの入力のようなもんだと言えよう.
っつって通じるんかな?w
この喩えに比べれば,「本の精霊の声が聞こえる」という喩えのほうが,よっぽどuser friendlyでわかりやすいでしょ?

ま,そんな自分も,漫画読む量が減ったら,めっきりそんな感覚も衰えてしまいました.
今では書棚からどころか,平積みにされてる本からすら声が聞こえねーですよ.残念!

ちなみに,こういう感覚を磨くのに重要なのは,「あたり」だけでなく「はずれ」もいっぱい引いておくことなんだと,本当に思う.
失敗を恐れて前進なし!失敗なくして成長なし!